実印のお話

友人から聞いた話です。

 

見合いからとんとん拍子で結婚することになった友人は、お嫁さんになる実家を訪ねることになりました。目が涼やかで色のある美人系の女性だったのを私も知っています。九州の大分まで飛行機で飛んだのであっという間でした。といっても早朝の便で飛んでも、実家があるのは山間の田舎でしたから着いたのは昼過ぎになりました。

さっそく友人は応接間に通されました。見合い段階からおよそ素性は知られていたので、型どおりの挨拶と「娘さんを頂きたく存じます。つきましてはお父様とお母様のお許しをお願いできないでしょうか」とこれも型どおりの言葉を述べれば、「ふつつかな娘ですが、末永くよろしくお願いします」と何の支障もない出来合いレースのようなやり取りが続いたそうです。

それから少々、遅い昼食を親族を含めて囲んだそうです。ここで出された酒に酔った勢いか、それともそうした性格だったのかよく分からないのですが、突然、おじいさまが、にたにたしながら話し出しました。

じいさまの話はこういうものです。

「ちょっとこの前まで近所の子らと、ままごと遊びをしていた孫だったが、いつのまにか嫁さんになるとはねー。年をとると時のたつのは早いものよ」と最初こそまともだったのですが、次に突然びっくりするような言葉を吐いたのでした。

パワーストーン印鑑

「内の家系はどうも気が変わりやすくていかん。どうだ!結婚届けで印鑑を押す前に、今晩あたり、温泉から帰ったら孫に実印押しといた方がいいのじゃないか」と言ってのけたのです。

友人はその道は遅手だったので、ほどほどに弱ったそうです。心臓が爆発しそうでも、飛び出しそうでもありました。

それこそのけぞるような過激な言葉でしたが、ただ親族はみんな静かに杯を傾けていました。それほどびっくりしたような様子ではなかったのです。またじいさまが助平なことをしゃべっている、付き合いきれないからほっとけといった具合でして、何の波風もたちません。

一方、お嫁さんになる方は、それはうら若き乙女なのですから、それは紅をうっすら赤く染めて下を向いておりました。